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東京地方裁判所 平成3年(ワ)14404号 判決 1996年3月29日

原告

佐藤直行

槇泰智

日野興作

大西充

右四名訴訟代理人弁護士

遠藤誠

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

大嶋崇之

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  原告らの請求

被告は、原告佐藤直行に対し金一〇〇万円、同槇泰智に対し金一〇〇万円、同日野興作に対し金一〇〇万円、同大西充に対し金一〇〇万円及びこれらに対する平成三年一〇月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告佐藤直行

(一) 東京都新宿区高田馬場に事務所を置く「一水会」に属する民族派のメンバーである原告佐藤は、平成三年九月一日午後三時すぎころ、東京都渋谷区渋谷一丁目四番先のいわゆる宮益坂下交差点付近において、警視庁第二機動隊(以下「二機」という。)所属の益子方光巡査を含む三名の警察官により、益子巡査への公務執行妨害罪を理由に現行犯逮捕され、その後同月一三日まで警視庁渋谷警察署(以下「渋谷署」という。)に留置・勾留された。

(二) しかし原告佐藤は、益子巡査の職務の執行を妨害するような暴行・脅迫行為は一切行っていないので、右逮捕は違法であるのみならず、右逮捕される際、益子巡査を含む複数の機動隊員から、殴る・蹴る・腕をねじまげる・体を放り投げられるなどの暴行を受け、その結果、左腕・左肩・左耳及び左足甲が内出血する等の傷害を負った。

(三) 益子巡査を含む右機動隊員及び渋谷署の警察官は普通地方公共団体たる被告の公務員であり、右逮捕・暴行・勾留はその職務の執行としてなされたものである。

(四) 機動隊員らによる右違法行為により、原告佐藤は次のとおりの損害を被った。

(1) 慰謝料 金一〇〇万円

原告佐藤は、機動隊員による右違法行為により多大の精神的・肉体的苦痛を受け、これを慰謝するには金一〇〇万円を下らない金員を要する。

(2) 弁護士費用 金二七万円

原告佐藤は、本訴の提起・追行を遠藤誠弁護士に委任し、着手金及び成功報酬として各金一三万五〇〇〇円、合計金二七万円を支払う旨約している。

(五) よって原告佐藤は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害賠償金として、慰謝料の内金八〇万円と弁護士費用の内金二〇万円の合計金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の翌日である平成三年一〇月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  原告槇泰智

(一) 同じく一水会のメンバーで街頭宣伝用の自動車(以下「本件街宣車」という。)を運転していた原告槇は、平成三年九月一日午後三時すぎころ、前記宮益坂下交差点付近において、警視庁第九機動隊(以下「九機」という。)所属の下田耕資巡査部長らにより道路交通法違反罪(通行区分違反)を理由に現行犯逮捕され、その後連行されて同月四日まで渋谷署に留置された。

(二) しかし、原告槇が犯したとされる通行区分違反(右側通行)は、進行前方を機動隊の車両が塞いだためやむを得ずなしたはみ出し行為であって、道路交通法一七条五項により犯罪とならないものであり、仮になるとしても極めて軽微な形式犯であって、在宅のまま捜査を進めるのが通例であるから、右逮捕は理由がない又は明らかにその必要性がない違法なものであるのみならず、右逮捕される際、下田巡査部長を含む機動隊員から、歩道付近の鉄製の塀に押しつけられたり、手足を後方に押さえつけられるなどの暴行を受け、その結果、左腕内側と左耳後部が内出血する等の傷害を受けた。

(三) また右日時・場所において、九機の近藤志朗副隊長(警視)と二機の稲川真実巡査部長は、原告槇が第三者から賃借していた本件街宣車の中折式ドアの窓ガラスをステンレス製のハンマーで破壊するとともに、ドアを毀損し、同車内に置いてあった街頭宣伝用のアンプを故意にたたき割った。

(四) 下田巡査部長を含む右機動隊員及び渋谷署の警察官は普通地方公共団体たる被告の公務員であり、右逮捕・暴行・損壊はその職務の執行としてなされたものである。

(五) 機動隊員らによる右違法行為により、原告槇は次のとおりの損害を被った。

(1) 本件街宣車及びアンプの修理費金一九万一六六二円

原告槇は、本訴提起時までに、本件街宣車とアンプの修理費として合計金一九万一六六二円を支払った。

(2) 慰謝料 金一〇〇万円

原告槇は、機動隊員らによる右違法行為により多大の精神的・肉体的苦痛を受け、これを慰謝するには金一〇〇万円を下らない金員を要する。

(3) 弁護士費用 金二七万円

原告槇は、本訴の提起・追行を遠藤誠弁護士に委任し、着手金及び成功報酬として各金一三万五〇〇〇円、合計金二七万円を支払う旨約した。

(六)よって原告槇は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害賠償金として、右修理費用金一九万一六六二円と慰謝料の内金六〇万八三三八円及び弁護士費用の内金二〇万円の合計金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の翌日である平成三年一〇月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  原告日野興作

(一) 同じく一水会のメンバーで本件街宣車に同乗していた原告日野は、平成三年九月一日午後三時すぎころ、前記宮益坂下交差点付近において、九機所属の野田明巡査部長を含む機動隊員から、首を絞められたり、蹴られたり、身体を宙づりにされて蹴られたり、前記鉄製の塀に押しつけられるなどの暴行を受け、その結果、一週間の通院治療を要する顔面擦過挫傷・背筋挫傷の傷害を受けた。

(二) また同原告は、右同所において、何ら身柄拘束の理由がないのに、任意同行の名目で、右機動隊員らからその身体を押さえつけられたまま護送車に乗せられて渋谷署に連行され、同日午後六時三〇分ころまで同署に身柄を拘束された。

(三) 野田巡査部長を含む右機動隊員及び渋谷署の警察官は普通地方公共団体たる被告の公務員であり、右暴行・拘束はその職務の執行としてなされたものである。

(四) 機動隊員らによる右違法行為により、原告日野は次のとおりの損害を被った。

(1) 治療費及び診断書作成料 金七二五五円

原告日野は、前記傷害についての治療費及び診断書作成料として合計金七二五五円を支払った。

(2) 慰謝料 金一〇〇万円

原告日野は、機動隊員らによる右違法行為により多大の精神的・肉体的苦痛を受け、これを慰謝するには金一〇〇万円を下らない金員を要する。

(3) 弁護士費用 金二七万円

原告日野は、本訴の提起・追行を遠藤誠弁護士に委任し、着手金及び成功報酬として各金一三万五〇〇〇円、合計金二七万円を支払う旨約した。

(五) よって原告日野は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害賠償金として、右治療費及び診断書作成料合計金七二五五円と慰謝料の内金七九万二七四五円及び弁護士費用の内金二〇万円の合計金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の翌日である平成三年一〇月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  原告大西充

(一) 同じく一水会のメンバーで本件街宣車に同乗していた原告大西は、平成三年九月一日午後三時すぎころ、前記宮益坂下交差点付近において、九機所属の複数の機動隊員の手によって、殴られ蹴られ、その頭を本件街宣車のタラップに打ちつけられ、手足をつかまれてコンクリートの地面を引きずられ、前記鉄製の塀に押しつけられるなどの暴行を受け、その結果、全治まで約七日間を要する右膝及び腰部挫創の傷害を受けた。またその際、原告大西がかけていた眼鏡も破損した。

(二) また同原告は、右同所において、何ら身柄拘束の理由がないのに、任意同行の名目で護送車に無理やり乗せられて渋谷署に連行され、同日午後八時三〇分ころまで同署に身柄を拘束された。

(三) 右機動隊員及び渋谷署の警察官は普通地方公共団体たる被告の公務員であり、右暴行・拘束はその職務の執行としてなされたものである。

(四) 機動隊員らによる右違法行為により、原告大西は次のとおりの損害を被った。

(1) 治療費及び診断書作成料 金八七九〇円

原告大西は、前記傷害についての治療費及び診断書作成料として合計金八七九〇円を支払った。

(2) 眼鏡の価額

機動隊員らの行為により破損した前記眼鏡の価額は、金三万二九六〇円である。

(3) 慰謝料 金一〇〇万円

原告大西は、機動隊員らによる右違法行為により多大の精神的・肉体的苦痛を受け、これを慰謝するには金一〇〇万円を下らない金員を要する。

(4) 弁護士費用 金二七万円

原告大西は、本訴の提起・追行を遠藤誠弁護士に委任し、着手金及び成功報酬として各金一三万五〇〇〇円、合計金二七万円を支払う旨約した。

(五) よって原告大西は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害賠償金として、右治療費及び診断書作成料合計金八七九〇円・眼鏡価額金三万二九六〇円と慰謝料の内金七五万八二五〇円及び弁護士費用の内金二〇万円の合計金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の翌日である平成三年一〇月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)の事実は否認する。

益子巡査は、近藤副隊長の指示により道路交通法違反(通行区分違反)をした原告槇を逮捕すべく、本件街宣車中折式ドア付近で他の機動隊員らとともにドアを開けようとしていたところ、原告佐藤が走り寄り、「この野郎、何の根拠があってやってるんだ。」等と怒鳴りながら右手で益子巡査の左腕をたたき落とし、さらに体当たりをしたため、益子巡査は、原告佐藤の右行為を公務執行妨害行為と認め、九機第二中隊分隊長巡査部長矢部春彦及び同中隊巡査青木宗明の協力を得て、同日午後三時二三分ころ、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した。

なおこの際、原告佐藤が「離せ」と怒鳴りながら激しく抵抗したので矢部分隊長らが同原告を押さえつけるなど有形力を行使したものであり、仮に右過程において同原告に僅少な傷害を生じたとしても、被告には責任がない。

(三)  同1(三)の事実のうち、暴行を行ったとの部分は否認し、その余は認める。

(四)  同1(四)の事実のうち、遠藤誠弁護士との間の委任内容は不知、その余は否認する。

2(一)  請求原因2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

平成三年九月一日は、東京都渋谷区渋谷一丁目二六番所在の宮下公園で、いわゆる中核派や労働者団体等約一一〇〇名が参加し、「PKO・小選挙区制法案上程阻止九・一全国総決起集会」(以下「本件集会」という。)が行われ、さらに同集会後の午後三時ころから同集会参加者らによりデモ行進が行われることとなっていた。このため、二機、九機及び渋谷署員らが、本件集会及びデモ行進の警備に従事していたところ、同日午後三時ころ、本件街宣車が明治通りを原宿方向から神宮前六丁目交差点方向にマイクのボリュームを一杯にあげ音楽を流して進行してきた。そのころ、デモ行進の隊列が右宮下公園を出発し神宮前六丁目交差点方向に向かおうとしていたところであったため、右デモ隊列と本件街宣車が鉢合わせとなっては不法事案が発生することが十分考えられたことから、右交差点付近の警備を指揮していた二機警備本部付警部有田榮次郎の判断で、本件街宣車が右交差点に進入しないよう本件街宣車を別紙図面①地点で停止させ、迂回するよう求め、その結果、本件街宣車は右交差点を左折していった。

ところが本件街宣車は、同日午後三時一〇分ころ、別紙図面②地点から再び明治通りに入ってきた。そして、宮下公園交差点に至るや、マイクで「この売国奴中核派。断じて許さないぞ。」等と怒号しながら、同交差点内において、それまで進行していた順行車線からいきなり逆行車線に向きを変え、さらに別紙図面③地点付近において、「突っ込め。」という声とともに、折しも同交差点付近を通過中の右デモ隊列目掛けて、デモ隊と衝突する寸前まで走行した。右走行を現認した近藤副隊長は、本件街宣車を停止させようとしたが、同車両がスピードを上げて明治通りを宮益坂下交差点方向に進行したので、指揮下の部隊に本件街宣車の停止を命じたところ、本件街宣車は、東京都渋谷区渋谷一丁目一五番先(別紙図面④地点)で自然渋滞により停止した。そこで、近藤副隊長指揮下の九機警備本部付警部吉満淳一らが、同車運転席脇のドア越しに運転者の原告槇に対し、「違法な走行はやめなさい。窓を開けて運転免許証を見せなさい。」等と申し向けたものの、原告槇はこれに応じず、なおも本件街宣車を進行させた。このため、右同渋谷一丁目一四番先野村証券ビル前(別紙図面⑤地点)で警察車両により本件街宣車の進行を阻止したが、本件街宣車はわずかの隙を突いて発進し、道路中央分離帯のガードレールの切れ目から逆行車線に入り、そのまま約三〇メートル先の宮益坂下交差点手前の横断歩道上である別紙図面⑥地点まで進行したが、同所で反対方向から来た一般車両と鉢合わせする形となり、同車両は停止した。

その後、本件街宣車の前後及び左側方にそれぞれ警察車両を配置して本件街宣車の進行を阻止した上、近藤副隊長指揮下の九機第二中隊長警部有吉正典らが、同車運転席脇のドア越しに運転者(原告槇)に対し、野村証券ビル前道路上から逆行車線を約三〇メートルにわたって進行したことは道路交通法違反(通行区分違反)であるから、運転席から降りて運転免許証を見せるよう繰り返し要求したにもかかわらず、原告槇はこれに応じず、かえって本件街宣車を前後に動かす行為を数回繰り返したため、近藤副隊長は、有吉中隊長らに原告槇の逮捕を命じたものである。

なおこの際、原告槇が「離せ」等と怒鳴りながら抵抗したので、逮捕した下田巡査部長らが同原告の腕をつかむ等の有形力を行使したものであって、仮に右過程において同原告に僅少な傷害が生じたとしても、被告には責任がない。

(三)  同2(三)の事実のうち、窓ガラスをステンレス製ハンマー(ドアオープナー)で稲川巡査部長が破壊したことは認めるが、その余は否認する。

右破壊行為は、現に道路交通法違反を犯した犯人(原告槇)の逮捕及びその逃走防止並びに人の身体等に対する危険防止及び公務執行に対する抵抗の抑止のためにやむを得ずなされたものであり、本件状況下では必要な限度を超えたものとはいえず、正当な職務執行である。

(四)  同2(四)の事実のうち、暴行及び本件街宣車の中折式ドア窓ガラス以外の損壊を行ったとの部分は否認し、その余は認める。

(五)  同2(五)の事実のうち、修理費と遠藤誠弁護士との委任内容は不知、その余は否認する。

3(一)  請求原因3(一)の事実は否認する。

なお仮に原告日野に対し任意同行を求める過程で同原告に僅少な傷害が生じたとしても、それは、警察官が原告佐藤を逮捕しようとしたことに対し原告日野が力づくで妨害しようとし、それを排除するためにやむを得ず有形力を行使した警察官と一時的に交錯した結果生じたもので、因果の流れとしてやむを得ないものというべきで、被告には責任がない。

(二)  同3(二)の事実は否認する。

九機所属の野田明巡査部長らは、原告日野が原告佐藤及び同槇の共犯者との疑いもあり、また原告佐藤らを逮捕しようとした機動隊員の行為を原告日野が妨害していたので、事情聴取のため同原告に渋谷署への任意同行を求めたところ、同原告はこれに応じたものであって、同原告の身柄を拘束した事実はない。

(三)  同3(三)の事実のうち、暴行・拘束を行ったとの部分は否認し、その余は認める。

(四)  同3(四)の事実のうち、治療費・診断書作成料と遠藤誠弁護士との間の委任内容は不知、その余は否認する。

4(一)  請求原因4(一)の事実は否認する。

なお仮に原告大西に対し任意同行を求める過程で同原告に僅少な傷害が生じ、又はその眼鏡が折れ曲がったとしても、それは、警察官が原告槇を逮捕しようとしたことに対し、原告大西が力づくで妨害しようとし、それを排除するためにやむを得ず有形力を行使した警察官と一時的に交錯した結果生じたもので、因果の流れとしてやむを得ないものというべきで、被告には責任がない。

(二)  同4(二)の事実は否認する。

九機所属の機動隊員らは、原告大西が原告佐藤及び同槇の共犯者との疑いもあり、事情聴取のため同原告に渋谷署への任意同行を求めたところ同原告はこれに応じたものであって、同原告の身柄を拘束した事実はない。

(三)  同4(三)の事実のうち、暴行・拘束を行ったとの部分は否認し、その余は認める。

(四)  同4(四)の事実のうち、治療費・診断書作成料・眼鏡の価額・遠藤誠弁護士との委任内容は不知、その余は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  原告佐藤直行の請求について

一  請求原因1(一)の事実(原告佐藤が公務執行妨害罪で逮捕・勾留されたこと)は当事者間に争いがない。

二1  逮捕・勾留の違法性の有無と機動隊員による暴行の有無(請求原因1(二))

本件証拠(甲一の1ないし12、二の1及び2、三の1及び2、四の1及び2、五ないし一〇、一一の1及び2、一二の1及び2、一三、一四の1及び2、乙一ないし三、証人近藤志朗、同益子方光、同稲川真実、同下田耕資、同野田明、原告佐藤直行、同槇泰智、同日野興作、検証の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告四名は、いずれも東京都新宿区高田馬場に事務所を置く「一水会」(代表鈴木邦男・民族主義を標榜し一般的に新右翼とみなされている団体)の構成員である。

被告は普通地方公共団体であり、警視庁を設置し管理運営している。

(二) 平成三年九月一日午後二時二〇分ころ、原告ら及び小木康治・渡辺修孝の六名は、緑と白のツートンカラーで屋根に「一水会」と書かれた看板があり車両後部には日章旗が二本設置された街頭宣伝活動用のマイクロバス(本件街宣車。登録番号大宮八八・す・一八三)に乗車し、原告槇が運転をして、JR渋谷駅前のハチ公前広場で街頭宣伝活動を行うべく、高田馬場にある一水会事務所を出発した。

(三) 右同日は、東京都渋谷区渋谷一丁目二六番所在の宮下公園で、いわゆる中核派や労働者団体等の構成員約一一〇〇名が参加する「PKO・小選挙区制法案上程阻止九・一全国総決起集会」と称する集会(本件集会)が開かれるとともに、同集会終了後の午後三時ころから、同集会参加者らにより集団示威運動(以下「本件デモ行進」という。)が行われることとなっていた。デモ行進の予定コースは、宮下公園を出発後通称明治通りを原宿方向に向かい、神宮前六丁目交差点を左折して通称神宮前通りを進み、渋谷駅ハチ公前交差点を左折して、さらに宮益坂下交差点を左折して再び明治通りを原宿方向に進み、宮下公園に戻るというものであった(別紙図面参照)。

(四) 被告が設置する警視庁は、本件集会及び本件デモ行進が、東京都公安委員会が予め付した交通秩序の維持・危害防止に関する許可条件のとおり実施され平穏裡に終始するよう警戒に当たるとともに、本件集会参加者・参加団体の性格等から、これと対立する右翼団体等による集会・デモ行進への妨害、集会参加者に対する攻撃等により、不法事案の発生も考えられたことから、これを未然に防ぐため、警視庁第二機動隊(二機)、同第九機動隊(九機)及び渋谷警察署(渋谷署)をして、本件集会及び本件デモ行進の警備に従事させた。そして、二機隊員は同日午前八時四五分ころから、九機隊員は同日午後一時四〇分ころから、右警備に従事していた。

(五) 原告らが乗った本件街宣車は、午後三時ころ、スピーカーから相当な音量で音楽を流しながら明治通りの神宮前六丁目交差点付近に差しかかった。ちょうどそのころ、本件集会が終わり本件デモ行進が宮下公園を出発するころであったため、本件警備に当たっていた二機警備本部付警部有田榮次郎は、このまま本件街宣車を直進させれば、本件デモ行進に遭遇し不法事案が発生する恐れがあると考えたため、右交差点付近に待機させていた警察車両二台を明治通り車道上に斜めに横付けして、本件街宣車が同交差点に進入できないようにした。そのため、本件街宣車は右警察車両の手前である別紙図面①地点付近で停止した。

(六) 有田警部ら二機隊員は、当初手信号で本件街宣車の運転者である原告槇に対し転回又は左折するよう合図を行ったが、本件街宣車は動かなかった。

そこで有田警部が本件街宣車に近付き、同車に乗っている者に対し、口頭で、車両をここで転回又は左折させるよう求めるとともに、本件街宣車が停止していることに伴う交通渋滞の解消に協力するよう求めたところ、午後三時五分ころ、本件街宣車は神宮前六丁目交差点を左折していった。

(七) このようにして、本件街宣車は神宮前六丁目交差点を左折して一旦明治通りから外れたものの、午後三時一〇分ころ、別紙図面②地点付近から再び明治通りに進入した。このとき本件デモ行進の隊列は先頭部分がすでに宮下公園を出発しており、原告らは本件街宣車の車内からそれを認識した。

本件街宣車が明治通りに進入後、原告槇は中央分離帯に最も近い車線を走行し宮下公園交差点に差しかかったが、この段階では、右デモ隊列は反対車線側で原宿方向に向かって同交差点を横断中であり、その先頭部分はすでに同交差点を横断し終えようとしていた(乙二の写真1)。

(八) 本件街宣車は宮下公園交差点をそのまま直進したが、同交差点を通過した直後、運転者の原告槇は突如右側にハンドルを切ってセンターラインを越え、本件デモ行進の隊列に突っ込む形で本件街宣車を時速約三〇キロメートルで走行させた(別紙図面③地点付近)。本件街宣車は、三車線ある反対車線のうち第二車線にほぼ完全に車体が入り込む程度まで反対車線に入り込み、第一車線を行進していた本件デモ隊列との距離は約二メートル程度まで近付いたため、同行進は一時その進行が滞った(乙二の写真2)。この際、原告大西は本件街宣車のマイクを使い、「売国奴。断じて許さないぞ。」「共産主義は崩壊した。民族主義に回帰しなさい。」等と叫んでいた。

(九) 本件街宣車は、反対車線を走行した後すぐに順行車線に戻り、そのまま宮益坂下交差点方向に向けて走行していったが、同車の走行状態を見ていた九機副隊長警視近藤志朗は、その走行が道路交通法に違反すると認めたため、その取締のため本件街宣車を停止させるよう指揮下の部隊に指示を出すとともに、自らも本件街宣車を追い宮益坂下交差点方向に向かった。

すると、本件街宣車は東京都渋谷区渋谷一丁目一五番先(別紙図面④地点付近)で自然渋滞により停止したため、近藤副隊長らが運転者の原告槇に対し、道路交通法違反であるから運転免許証を提示するよう求めた。しかし原告槇はこれに応じず、本件街宣車運転席脇ドアの窓を閉めてしまい、またその間、原告大西や同日野らが同車のマイクを使って、原告らがハチ公前に行くこと及び原告らの進行を妨害する根拠の説明要求を繰返し叫んでいたが、その後、本件街宣車の進路が空いたため、原告槇は同車をさらに進行させた。そのため近藤副隊長は、宮益坂下交差点付近に配置していた警察車両によって本件街宣車の進行を阻止するよう指示した。

(一〇) 本件街宣車は、東京都渋谷区渋谷一丁目一四番先野村証券ビル前(別紙図面⑤地点付近)に至って警察車両によってその進路を塞がれたため停止したが、そこでも近藤副隊長らからの免許証提示等の要請に応じず、マイクを使って右(九)と同様の要求等を繰返していたところ、右警察車両が動いて本件街宣車の先に隙間ができたことから、原告槇はその隙間を通って別紙図面⑤地点付近から本件街宣車を逆行車線に進入させ、そのまま同車線を約三〇メートル進行し、宮益坂下交差点入口にある横断歩道上で対向車両と鉢合わせする形で停止した(別紙図面⑥地点付近)。

(一一) 機動隊員らは、別紙図面⑥地点付近で停止した本件街宣車に対し、その前後に鉄製のアングル(車止め)を置き、さらに同車の前後及び左側方に警察車両を配備してその進行を阻止した上、近藤副隊長や二機技術係巡査部長稲川真実、九機第二中隊分隊長巡査部長下田耕資らが原告槇らに対して、降車及び運転免許証の提示等を求めたが、同原告らはマイクで右(九)と同様の要求等を繰返すのみで近藤副隊長らの要請に応じる様子を見せず、かえって原告槇はなおも本件街宣車を前後に小刻みに動かし、その場から走り去ろうとしていた。このため、近藤副隊長は指揮下の隊員らに対し、原告槇を道路交通法違反(通行区分違反)で現行犯逮捕するよう命じた。

(一二) 右命令に基づき、本件街宣車の左側面乗降口中折式ドア付近で、九機第二中隊分隊長巡査部長矢部春彦及び二機操車係巡査益子方光らが、車内にいる原告らに対し降車等を求めるとともに右ドアを押し開けようとしたが、車内から原告大西らが同ドアを押さえつけていたため、同ドアを開けることはできなかった。

ところで、本件街宣車が別紙図面⑥地点付近に停止した直後、同車の進行を阻止した機動隊員らに抗議をすべく原告佐藤及び同日野が同車から降りたが、原告佐藤は、益子巡査らが本件街宣車の中折式ドアを押し開けようとしているのを目撃したため、これを阻止しようと、両手で右ドアを押していた益子巡査に対し、その左腕を払い落としさらに体当たりをした。

益子巡査は、原告佐藤の右行為が公務執行妨害罪を構成すると認め、直ちに矢部巡査部長及び九機第二中隊巡査青木宗明の協力を得て、午後三時二三分ころ、同原告を同罪の現行犯人として逮捕した。その際原告佐藤は、逮捕を免れようと抵抗を試みたこともあって路面に転倒し、そこを矢部巡査部長らが押さえ込んだことから、同原告は左腕・左肩・左耳及び左足甲の各部分に医師の治療を特に必要としない程度の軽微な傷害を負った。

(一三) 原告佐藤は、右逮捕後直ちに渋谷署に連行されたが、同署での取調べにおいて公務執行妨害行為を否認した。そして平成三年九月三日、検察官に身柄とともに事件を送致され、検察官からの勾留請求が認められたため、勾留期限である同年同月一三日まで勾留された上釈放された。

2  逮捕・勾留の違法性の有無

前記1(一二)認定のとおり、益子巡査が本件街宣車の中折式ドアを押し開けようとしていたのは道路交通法違反(通行区分違反)行為を終わって間がない原告槇を現行犯逮捕するためであったから(なお、同原告の行為が道路交通法違反に該当することについては、後記第二、二2で述べるとおりである。)、益子巡査の右行為は適法な職務の執行行為といえるところ、これに対し原告佐藤は、これを阻止しようとして益子巡査の左腕を払い落としさらに体当たりをする等の暴行を加えたのであるから(この点につき原告佐藤は、益子巡査の体には触れていない旨供述するが、措信できない。)、益子巡査らがそれを公務執行妨害罪に当たると認め、同罪の現行犯人として原告佐藤を逮捕したことが違法であるということはできず、またこれに基づく勾留が違法であるということもできない。

3  機動隊員による暴行の有無について

機動隊員らが原告佐藤に対して行った有形力行使の内容は前記1(一二)認定のとおりであり、それ以上に機動隊員が同原告に対し暴行を加えたとする甲五、一四の1及び原告佐藤の供述は、にわかに措信できない。

のみならず、現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許されると解すべきところ(なお、最高裁昭和五〇年四月三日第一小法廷判決・刑集二九巻四号一三二頁参照)、前記1(一二)認定のとおり、原告佐藤は逮捕を免れようと抵抗を試みたため、益子巡査らはこれを排除しようと原告佐藤を路面に押さえつけたものであって、同巡査らの右行為は社会通念上原告佐藤を逮捕するため必要かつ相当な限度を超える実力行使であるということはできないから、右実力行使が違法であるということはできない。したがって、右違法とはいえない実力行使の結果として原告佐藤に傷害(医師の治療を要しない程度の軽微な傷害)が生じたとしても、被告が責任を負うということはできない。

三  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告佐藤の請求は理由がない。

第二  原告槇泰智の請求について

一  請求原因2(一)の事実(原告槇が道路交通法違反罪により現行犯逮捕されたこと)は、当事者間に争いがない。

二  逮捕・留置の違法性の有無と機動隊員による暴行の有無(請求原因2(二))

1  逮捕・留置までの経緯

(一) 前記第一、二1(一三)までの経緯により原告佐藤が逮捕され、さらに機動隊員らが本件街宣車の中折式ドアを押し開けようとしているのを目撃した原告日野は、右行為に抗議しようと同行為を行っている機動隊員らに近付いたところ、九機第二中隊分隊長巡査部長野田明らが同原告を制止した。しかし原告日野はこれに抵抗したため、野田巡査部長らは同原告を宮益坂下交差点北西角の歩道上まで連行した。この過程において、原告日野は約一週間の加療を要する顔面擦過傷・背筋挫傷の傷害を負ったが、右歩道上に連行されてからは抵抗を止め、「分かった。俺たちにも言い分がある。」などと言い渋谷署へ行くことに同意した。

(二) 原告日野が歩道上に連行された後もなお稲川巡査部長らが本件街宣車の中折式ドアを押し開けようとしていたが、内側から原告大西らが同ドアを押さえ続けていたため開けることができないでいた。また、本件街宣車のその他のドアもすべて内側からロックされていた。

そこで稲川巡査部長は、ドアオープナー(ステンレス製の万能ハンマー)を用いることとし、原告大西らに対し、ドアを開けないと破壊する旨警告を発した後、同ドアの窓ガラスを二度ドアオープナーでたたきこれを破壊したことから、原告大西らがドアから離れた。そこで、機動隊員が同ドアを一斉に押すと、ドア全体が外れて内側に倒れ込んだ。

(三) そこで九機第二中隊巡査星野智之らが運転者である原告槇を逮捕しようと本件街宣車に乗り込み、抵抗する原告大西らを車外に連れ出し、宮益坂下交差点北西角の歩道上に連行した。この過程において原告大西は、約七日間の加療を要する右膝及び腰部挫創の傷害を負うとともに、同原告がかけていた眼鏡(サングラス)のつるが折れた。

また、星野巡査が本件街宣車の運転席脇ドアのロックを外し、運転席脇ドアの外側にいた下田巡査部長が同ドアを開けて原告槇に対し降車を促したところ、同原告は特別抵抗することなく降車したため、午後三時二五分ころ、下田巡査部長は原告槇を、宮益坂下交差点手前付近を約三〇メートルにわたって通行区分に違反して本件街宣車を走行させたという道路交通法違反容疑で現行犯逮捕し、他の機動隊員が同原告の両脇を抱えるようにして宮益坂下交差点北西角の歩道上に同原告を連行した(乙二の写真10)。この過程において、原告槇は、左腕及び左耳の各部分に医師の治療を要しない程度の軽微な傷害を負い、本件街宣車については、前述のとおり中折式ドアが外れ窓ガラスが割れるとともに、車内にあったアンプが凹損した。

(四) 原告槇、同日野及び同大西らは、その後警察車両で渋谷署へ赴き、原告日野及び同大西については必要な事情聴取が終了したその日の午後六時三〇分ころに帰宅した。

一方、原告槇については道路交通法違反の被疑者として取調べを受けるとともに渋谷署に留置され、翌々日の九月三日検察官に身柄とともに事件を送致された上、勾留請求されることなくその翌日の九月四日に釈放された。

2  逮捕・留置の違法性の有無

前記認定のとおり、原告槇は本件街宣車を運転して宮益坂下交差点手前約三〇メートルの区間(別紙図面⑤地点付近から同⑥地点付近まで)の逆行車線上を走行させたものであり、これは道路交通法一一九条一項二号の二、一七条四項に該当する行為(通行区分違反・三月以下の懲役又は五万円以下の罰金)であるのみならず、右認定事実によれば、原告槇が現に罪を行い終わった現行犯人であることは明らかである。

ところで原告槇は、逮捕容疑たる宮益坂下交差点手前での通行区分違反について、進路を警察車両が塞いでいたため道路交通法一七条五項に基づき右側車線を走行したもので罪とならない旨主張する。しかし、前記第一、二1(八)で認定したとおり、原告槇はその直前の宮下公園交差点付近(別紙図面③地点付近)で道路交通法違反(通行区分違反)行為をしているのであるから、警察官が本件街宣車に停止を求めることは正当な職務であり(警察官職務執行法二条一項)、その停止措置のため配置された警察車両は道路交通法一七条五項三号にいう「その他の障害」には当たらないと解すべきであるから、同原告の右主張は採用できない。

次に原告槇は、通行区分違反は極めて軽微な形式犯であって、在宅のまま捜査を進めるのが通例であったから、同原告を逮捕する必要がなかった旨主張する。しかし、前記第一、二1(八)ないし(二)で認定したとおり、本件街宣車の運転者である原告槇は、宮下公園交差点付近で道路交通法違反(通行区分違反)行為を犯したにもかかわらず、機動隊員らの停止要求や運転免許証提示要求に応じないばかりか、宮益坂下交差点手前で再び通行区分に違反して走行した上、警察車両に囲まれた後もなおその場を走り去ろうと本件街宣車を動かし続けたというのであるから、そのような状況下で、警察官が、未だ特定できていない本件街宣車の運転者(原告槇)について逮捕の必要性を認めたことは十分首肯しうるところである。原告槇は、自分は家族もあり逃亡するつもりはなかった旨供述するが、それらは本件街宣車の運転者が原告槇と判明していることを前提とするものでしかなく、逮捕の必要性の判断に直ちに影響を及ぼすものではない。

また、原告槇の通行区分違反の態様及び機動隊員らによる停止命令や逮捕行為に対する同原告らの抵抗の態様等前記認定の事実によれば、原告槇の氏名が特定された後も直ちに同原告を釈放せず、逮捕の翌々日である平成三年九月四日まで同原告を留置したことも、違法とはいえない。

以上のとおり、原告槇を道路交通法違反(通行区分違反)により現行犯逮捕し、九月四日まで留置した措置が違法であるということはできない。

3  機動隊員による暴行の有無

機動隊員らが原告槇に対して行った有形力行使の内容は、前記1(三)認定のとおりであり、それ以上に機動隊員が同原告に対し暴行を加えたとする甲六、一二の1及び原告槇の供述は、にわかに措信できない。

のみならず、前記第一、二3で述べたとおり、現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許されると解されるところ、本件街宣車のドアをロックするなどして抵抗していた原告槇を逮捕する際に下田巡査部長らが同原告に対してした実力行使の程度・内容(前記1(三))は、社会通念上右必要かつ相当な限度を超えるということはできず、右実力行使を違法ということはできない。したがって、右違法ではない実力行使の結果として原告槇に傷害(医師の治療を要しない程度の軽微な傷害)が生じたとしても、被告が責任を負うということはできない。

三  窓ガラス破壊の適否とアンプ凹損の有無(請求原因2(三))

1  請求原因2(三)の事実のうち、本件街宣車の窓ガラスを稲川巡査部長がステンレス製ハンマー(ドアオープナー)で破壊したことは当事者間に争いがなく、また機動隊が押すことにより本件街宣車のドア全体が外れたことは前記二1(二)認定のとおりである。

ところで、警察官が現行犯人を逮捕しようとする場合、その際の状況からみて社会通念上必要かつ相当であると認められる限度内で実力を行使し、その結果物が毀損されることとなっても違法ではないと解されるところ、前記二1(二)認定のとおり、原告槇を含む複数の者は、同原告を道路交通法違反の現行犯人と認め逮捕しようとした警察官に抵抗するため本件街宣車のすべてのドアをロックしてしまい、さらに原告大西らが同車の中折式ドアを内側から押さえつけていたというのであるから、稲川巡査部長ら機動隊員による同ドアの破壊行為及びドアを押し外した行為は、いずれも原告槇を逮捕するため社会通念上必要かつ相当な限度を超える実力行使ということはできず、右行為をもって違法ということはできない。

2  請求原因2(三)の事実のうち機動隊員が街頭宣伝用のアンプを故意にたたき割ったとの部分については、これに沿う証拠として甲一二の1及び原告槇の供述があるが、いずれも推測に基づくものであり、前記認定の諸事実に照らし、未だこれを認めるに足りない。

四  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告槇の請求は理由がない。

第三  原告日野興作及び原告大西充の各請求について

一  機動隊員による暴行の有無(請求原因3(一)・4(一))

機動隊員が原告日野及び同大西に対して行った有形力行使の内容は前記第二、二1(一)(二)(三)認定のとおりであり、それ以上に機動隊員が同原告らに対し暴行を加えたとする甲七、八、一一の1、一三及び原告日野の供述はにわかに措信できない。

のみならず、前述のとおり、現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、この理は、抵抗した者が現行犯人ではない第三者である場合であっても異なるところはないというべきである。

これをまず原告日野についてみると、前記第二、二1(一)認定のとおり、原告日野は、機動隊員らが原告佐藤を公務執行妨害罪で現行犯逮捕しようとする際及び原告槇を道路交通法違反容疑で現行犯逮捕しようとしている際に、右機動隊員らに抗議しようと近付いたものであり、これに対し野田巡査部長らが同原告の体を抱えたところ同原告が抵抗したため歩道上まで連行したというものであり、右機動隊員の実力行使をもって、社会通念上逮捕のために必要かつ相当な限度を超えるということはできず、したがって、原告日野に約一週間の加療を要する顔面擦過挫傷・背筋挫傷の傷害が生じたとしても、被告に責任があるということはできない。

次に原告大西についてみると、前記第二、二1(二)(三)認定のとおり、原告大西は、機動隊員らが原告槇を道路交通法違反容疑で現行犯逮捕しようとしたところこれに抵抗したためこれを排除しようとした機動隊員から実力行使を受けたものであり、右状況に照らすと、機動隊員の右実力行使をもって社会通念上逮捕のために必要かつ相当な限度を超えるということはできず、したがって、右実力行使により原告大西に加療約七日間を要する右膝及び腰部挫創の傷害が生じ、同原告の眼鏡(サングラス)のつるが折れたとしても、被告に責任があるということはできない。

二  機動隊員による任意同行の適否(請求原因3(二)・4(二))

原告日野は、機動隊員により強制的に身柄を拘束された旨主張し、これに沿う証拠として甲七、一一の1及び原告日野の供述があるが、前記第二、二1(一)の認定のとおり、同原告は渋谷署へ行くことに同意していることが認められるのであるから、同原告の右主張は理由がない。

原告大西も、機動隊員により強制的に身柄を拘束された旨主張し、これに沿う証拠として甲八、一三があるが、前記第二、二1(一)(二)(三)認定の経緯に照らし、未だこれを認めるに足りない。

三  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告日野及び同大西の各請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官中野哲弘 裁判官荒井九州雄 裁判官伊藤正晴)

別紙<省略>

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